イスラム教徒差別の新たな歴史を刻もうとするインド人民党

 インド与党のインド人民党がイスラム教徒以外の難民に人道的措置としてインド国籍を付与できる改正市民権法を国会で可決させ、インド国内だけでなく隣国イスラム諸国からも反発の声が沸き上がっています。ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党は近年、ヒンドゥー教至上主義を掲げた政策を推進するのと並行してイスラム教徒への弾圧を強めています。

ヒンドゥー至上主義の増長

 事の発端は、2019年に春頃から再加熱しているインドとパキスタンの係争地。カシミール地方で武力衝突が発生したことです。2月にイスラム原理主義組織ジェイシモハメド(JeM)が引き起こしたデモをキッカケにインド政府はパキスタン領内への空爆を実施し、反イスラムの考えが根強いインド人民党支持者たちを奮い立たせました。

 対して、カシミール地方に住む住民の多くはイスラム教徒のためインド政府が推し進めるヒンドゥー至上主義に嫌悪感を持っています。統治制度もこれまで、現地のイスラム教徒に配慮したインド領ジャンムー・カシミール州として独立した自治権がインド憲法で認められており、イスラム教の戒律に沿った法制度が敷かれていました。しかし、4月から5月にかけて実施された下院選挙で大勝したインド人民党は治安悪化を理由として、憲法で定められたジャンムー・カシミール州の自治権をはく奪した上に州全域を封鎖したのです。すでにデモ発生から10カ月が経過しようとしていますが、現在もジャンムー・カシミール州内はインド政府直下にあります。

 こうした、インド人民党によるイスラム教徒の弾圧姿勢は着実にインド世論の風向きを変化させています。ジャンムー・カシミール州の自治権を奪って間もなく、インド政府は北東部アッサム州にて外国からの不法滞在者をあぶり出す目的で制作した国民登録簿を発表しましたが、リストから除外された住民の大半がイスラム教徒という事実に現地ムスリムの反感を買いました。さらに、インド人民党は12月11日にパキスタン、バングラデシュ、アフガニスタンから逃れてきた難民に市民権を付与する名目で市民権改正法案を可決したものの、イスラム難民を救済しない指針が示されている改正法案の可決にイスラム教徒の怒りが爆発しています。比較的イスラム教徒が多い北東部でのデモ活動は激しく、15日にアッサム州で実施されたデモでは警察と衝突の末に6名が死亡するなど、政府当局側の暴力弾圧に反発してデモはインド全国に伝播しています。

 事態の悪化を踏まえ、モディ首相は「生粋のインド人なら心配ない」と会見で発表していますが、カシミール問題から噴出した反イスラム風潮を広げている事実は変わらないとして、年末年始にかけても各地のデモは収まっていません。さらにデモの組織化を防ぐため、インド政府は自治権を奪ったジャンムー・カシミール州やインド北東部各州でインターネット接続を制限しており、最大野党・インド国民会議や隣接するイスラム諸国からの批判に拍車をかけている状況が続いています。

インド人民党の勢力拡大史

 インドは建国期より反イスラム感情が渦巻いてきましたが、1970年代までは建国の父ガンジーやネルーが起こしたインド国民会議政権によってヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立均衡は保たれていました。インドとパキスタンが3度の印パ戦争で衝突してもインド国内に住むムスリムが大っぴらに不平不満の声を挙げなかったのは、曲がりなりにも民主主義を重んじるインド国民会議が政権を握っていたからです。

 しかし、インド国民会議内の汚職や独裁化が甚だしくなってくると一党優位状態の国会への不信感が募り、インド各地のヒンドゥー教徒たちは人民党を結成して瞬く間に支持者を集めました。1977年には政権を奪取しますが打倒インド国民会議だけをスローガンに結集した人民党はすぐ分裂、より保守的な思想を持った党員たちによって再編されたのが現在のインド人民党です。同時にインド人民党の支持母体である民族奉仕隊の活動も急激に活発となり、インド国内に住むイスラム教徒への敵対行動も増加しました。1989年の国会総選挙時期にはイスラム教のモスクが民族奉仕隊傘下の組織によって破壊される事件が発生しただけでなく、1998年の国会総選挙後には核実験に踏み切って隣国パキスタンを挑発しました。つまり、インド人民党は政権基盤が脆くなっていたインド国民会議の牙城を崩すため反イスラム思想を掲げて勢力を拡大させてきた歴史があります。

 先の2019年総選挙でもインド人民党政権は経済成長の鈍化を隠すため、ジャンムー・カシミール州内のイスラム教徒によるデモを引き合いに武力衝突を起こし、下降気味だった支持率を回復させ選挙で大勝しています。インド人民党の規模が膨れ上がると同時に、インド国内に住むイスラム教徒は次第に差別対象として冷遇される様になったのです。

民族奉仕隊とは?

民族奉仕隊の訓練
※Wikipediaより

 民主主義を是とするインド国民会議の内部腐敗によって支持基盤を固めたインド人民党ですが、その足元で多くのヒンドゥー教徒を支持者として勧誘したのが母体組織の民族奉仕隊です。過去にはイスラム教モスクの破壊行為に手を染めるなど、民族奉仕隊の存在はインド国内におけるイスラム教徒弾圧を助長しています。

 民族奉仕隊は普段、青少年への格闘技訓練やボランティア活動をする組織として建前上政治には干渉していません。ですが、インド人民党員のほとんどは民族奉仕隊の会員でもあり、民族奉仕隊の政治部門としてインド人民党が置かれているのが実情です。さらに、先述した様に過去には傘下組織所属のヒンドゥー教徒がイスラム教の礼拝堂であるモスクを破壊し、ヒンドゥー教の寺院を建設しようとするなどイスラム教徒への憎悪心をむき出しにした行動にも及んでいます。また、中東でイスラム教徒と対峙するイスラエルのユダヤ教徒にも親しみを持っており、親シオニズムの姿勢を示す民族奉仕隊の幹部も少なくありません。反イスラムの思想が組織内で共有されている点は、以前より国民会議など野党からも問題視されていました。

 ただ、民族奉仕隊はインド人民党だけでなく、インド農民協会、インド労働組合といった全国規模の組合組織を傘下に収めており、インド社会の隅々まで絶大な影響力と組織票田を持っています。対して、対抗馬と目される国民会議は汚職イメージから支持を集められていないため、ヒンドゥー至上主義政治を止める抑止力として機能していません。

インド人民党による民主主義崩壊

 インドにおける信仰宗教の比率は、ヒンドゥー教が約8割、イスラム教が13%前後とされています。しかし、インド独立闘争時に発生したヒンドゥー教徒とイスラム教徒との軋轢は未だに続いています。カシミール問題の悪化をキッカケにインド人民党が市民権法を改正して、イスラム教徒を弾圧する方針を固めたことに反発の声が高まるのも無理ありません。

 一方、インド人民党は新たに統一民法の制定に向けて動き出そうとしています。連邦共和制を執っているインドでは統一された民法は存在していませんが、2019年下院総選挙を経て過去最大の議席数を確保したインド人民党はヒンドゥー教に基づいた民法制定を目指しており、野党勢力からの反発を無視して法案審議を強行しています。さらに、各民族のアイデンティティを保障する宗教別属人法の撤廃も検討しており、多民族国家としての相互価値観の理念を無視する法改正に野党やイスラム教徒は怒りを顕わにしています。インドは世界最大の民主主義国家ではありますが、その概念は現在進行形で脆くも崩れ去ろうとしているのです。